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日記はなるべく毎日更新し行きたいと思っていますので是非読んでください!尚、文法的な間違いや漢字
の間違いなどいろいろあるかと思いますが、許してくださいね!私にとって、日本語の勉強は永遠のテーマです。
この日記はYahooのブログにも載せています:http://blogs.yahoo.co.jp/ulrikayui

2006年11月6日(月)
スウェーデンの同棲法
この間スウェーデンの離婚についての記事を書きました。結婚をしないで、ずっと同棲をしているカップルも少なくはないという話もしました。

同棲の時、法律にどのように守られていることについてご質問を頂きましたので、また記事にしましたた。
「同棲法」という法律はありますが、この法は結婚していない男性と女性が結婚と似たような形で一緒に暮らしている時の住宅や家裁についての権利を定めている法律です。
同棲しているカップルが分かれた場合には、住宅、家財を半分ずつに分けなければならないということがこの法律に決まっています。この法律はあくまでも住宅と家財のみを取り上げていますので、お金、車などのようなもに関しては、最初から所有していた人が分かれたとしても所有者になります。

相続権もありませんので、相手が亡くなった場合は遺言がなければ相続することはできません。しかし、相続権がないとは言え、相手が亡くなった場合は2人の住まいの一部をもらう権利があります(約100万分)。

スウェーデンでは結婚をしないで、ずっと同棲のままの方が多いですが、子供ができてから、最終的に結婚する方も多いです。

スウェーデンには同性愛者を守る法律もあります。「パートナーシップ登録法」という法律です。パートナーシップ登録法は基本的に結婚と同じことです。パートナーシップの登録は地方裁判所で行われます。教会での結婚は認められていませんが、法律的には結婚と同じ扱いとなります
2006年10月26日(木)
スウェーデンの女性と離婚事情
先日、コメントで質問を頂きましたので、回答を含めた記事にしました。
質問内容はスウェーデンの女性は男女平等を維持するために「女にさよなら」をしたのかどうか、そして、スウェーデンの戸籍制度と離婚した場合の子供の親権などについてでした。

スウェーデンの場合、女性が1940年代から仕事に出始めた、農業社会から産業社会へ変わり間始めめた頃でした。女性が働きに出て、家で年寄りの面倒を見る人がいなくなって、福祉制度が少しずつ出来上がって、2世代で一緒に暮らすのがだんだんなくなりました。多くの女性が福祉の仕事につきました。

当時のスウェーデンはもちろん男女平等社会ではありませんでした。女性が仕事をしていても、家事をするのも女性でした。女性の賃金も男性より安かったし、仕事も限られていました。女性が本格的な女性運動を始めたのが60,70年代の時でした。そこから何十年、女性が戦ってきました。今のスウェーデンの平等な社会を作るため、女性が激しい戦いを続けてきました。社会というのが簡単に変わらないです。結局女性が仕事でも成功をしたければある意味で男性みたいになって行く必要な時期もありました。そういう意味ではスウェーデンの女性が「女にさよなら」をしたのかも知れません。しかし、90年代に入って来たら、少しずつ落ちついてきました。共働き、夫婦2人で子育て、家事を行うのが当たり前になって来ましたので、女性もある程度「女性らしさ」を取り戻したのではないでしょうか?日本が遅れていますので、社会を変えるためにはまだまだ女性が頑張らないといけないです。しかし、70年代のスウェーデン女性みたいに「お化粧はしない、ファッションを気にしない」(もちろん一部の女性でしたが)になる必要ないと思います。女性は女性であることで誇りに思って欲しいです!私自身も女性として生まれてよかった!と思っていますし、女性として社会にかかわって行きたいと思っています。しかし、社会を変えるのが大変な事ですが、中途半端な頑張りでは無理でしょう。ある意味で極端なところまで行って、そしてその後少し後戻りをした方が結果的に良いのかも知れません。

スウェーデンの場合は結婚をしなくても同棲をしているカップルがちゃんと法律で認められて、守られています。(詳しい内容はまた後日別の記事にします)。ですから、結婚しなくても、一緒に暮らしをして、子供を作って家族として生活をしている人が多いです。結婚する人ももちろん多いです。結婚をしていても、名字を変えない人が多いです、あるいは、自分の名字と夫の名字の両方を使う人も多いです。(日本でしたら 加藤と鈴木が結婚したら、加藤・鈴木になります(笑))。親の名字が別々の場合は親が子供の名字を決めます。

スウェーデンの離婚率が確かに高いです。しかし、離婚をしていても、子供の親権は2人の親にあります。ですから、離婚をしたから、片親とあえなくなるということはありません。多くの場合は離婚をしていても子供のために親が近くに住んでいて、そしてそれぞれの親の家に子供部屋を作って、子供は「今週はお母さん、来週はお父さんのところへ」という生活を送ります。親が再婚をしていても、再婚相手を「お父さん」や「お母さん」と呼ぶのが基本的にないです。自分のお母さんやお父さんは一緒に暮らしていなくても、自分の親にかわりはないというように考えています。

親の離婚で「子供がかわいそう」という考え方もありません。離婚率が高いから周りの友達で親が離婚しているのも多いのもありますが、「夫婦」という形がなくなっても、「親」としての責任をしっかり果たしているから子供が離婚のことで苦労しないというのもあるかも知れません。ちなみに離婚の時、慰謝料を請求する女性がいません。親権を両方の親にあっても、養育費が片親から払われています。主に住んでいる親を決めて、もう一人が養育費を払うという形です(これに関してもさまざまなパターンがありますが)。養育を請求されても、払わない場合は、国が立て替えてくれます。国から親に再請求をするということになります。
2006年10月24日(火)
日本の福祉の行方
最近のニュースの中で多くの方が一番気になるの北朝鮮問題だと思いますが、私はここのところ、日本の福祉の行方が非常に気になります。

先日はいじめ問題、今日は3歳いの子供が餓死されて、また介護に疲れた夫が妻を殺しました、、、

日本の政党は何年前から福祉の大切さを訴えていますし、そのために介護保険などを作ったのではないでしょうか??なのに、次から次に子供や高齢者が犠牲になる事件が起きてしまいます。同時に行政の税金の無駄使いが止まらない、、本当に腹が立ちますね、、

餓死された子供の話では、近状の方々がインタビューされました。7キロしかなかった子供の姿をしっかりと見ていたみたいです。足の細さなど全部説明ができました、、なのに、何故その子を助けることが出来なかったのでしょうか?民生委員も児童相談所に電話などを何度か入れたみたいですが、、行政が動かなくても、周りの人が本当に何も出来ないのでしょうか?あの姿を見ていればそのうち死ぬのが分かったと思います、、なのに行動を起こす勇気がでなかったのでしょうか?

うちの道場では、道場生がいつも師範に「自分だけが助かればいい、という人間になってはいけません」、空手はただ道場へ行って、練習をして、試合出て勝つということだけではなく、人間として成長しないとやっても意味がない。道端に倒れた人、自分の周りに困った人を助けられる人間にならないと武道をやってもしょうがない。普通の人が気付かないところをより早く気づいて、行動を起こすのが稽古の結果として出なければならない。ただし、そういう心は簡単に身に付かないから、いつも厳しい稽古をして、少しずつ成長して行きます。

残念ながら、人より先に行動を起こせる大人は少ないみたいですね、、近状に住んでいた3歳の子供が結局死んでしまいました。皆が行政のせいにしていますが、自分達はどうでしょうか?自分達が何かできたのではないでしょうか?

同じように介護で疲れて、妻を殺した男性、、最近そういう事件が多いですね。国の福祉システムに根本的な問題はあると思います。認知症になった方には在宅介護はほぼ無理です。とくに夫婦2人暮らしの場合にはぜったい無理だと思います。国が在宅介護に持っていこうとするからいけないと思います。多くの方は自分の家で最後まで暮らしたいが、それができない場合は国がすばやく他の選択肢(施設)を提供しなければならないのですが、残念ながらそれができていません。

しかし、私達は「国の責任だから」と思って見ないふりをするのがいけないです。国が何もしてくれなくても、近状がもう少しあの夫婦の状況を把握できていれば、男性は妻を殺さずにすんだかもしれません。

周りを変えたければ、まずは自分から変えて行かなければならないです。自分が変わらないと人を変えることもできません。ですから、私達一人ひとりが自分の行動、回りに対してへの気遣えなどをもう一度考えていかないといけないと思います。
2006年10月23日(月)
自分の子供は絶対人をいじめない!と言える自信がありますか?

いじめ問題で学校や先生がマスコミに強く批判されていますね。今朝の情報番組では視聴者からのファックスが紹介され、そして多くの場合は先生もいじに加わっていたという話もありました。

確かにそういう話を聞くと強い怒りを感じますが、いじめる子の親にも問題がある場合も多いと思います。以外と「出来る子」がいじめる側に立つ事が多いような気がします。また、そういう親に限って「うちの子はそんなことをしない」というのもあります。

「出来る子」というのが塾、スポーツなどの習い事で忙しいということも多いです。
以前、私が書いた、遊びながら人間関係のを覚えていく、というのが他の子と比べて少ないかも知れません。「優等生」というのがいつも回りから見たら、礼儀正しいし、宿題をちゃんとやっているし、授業もちゃんと聞いているし、テストでいつも良い点数を取れますが、人の気持ちや友達への思いやりにかけていることも少なくはないです。挫折を知らない子は、勉強が苦手な子の気持ちを分からないのが当たり前だと思います。ですから、テストの点数が少ない子に対して平気で「ええ!それしか取れなかったの?」と言ってしまうし、勉強が遅い子に対しても大きい声で「ええ!まだ終わらないの?!遅い!」とでも言ってしまう。これはまだいじめのうちにには入らないと思いますが、子供に言葉の重みを教えてあげないとこのような発言がエスカレートをします。それを教えるのが親だと思います。学校でもそういうことを教えて行くでしょうが、まずは親だと思います。

残念ながら、こういう子供の親は自分の子供の勉強に夢中になることが多く、また、大人への挨拶、しゃべり方など表面的な礼儀にはうるさいが、心から人と接すること、人の気持ちなどのようなことは教えないです。ですから、子供達が平気で人を傷つけるような事を言ってしまいます。

10月に娘の運動会がありました。娘が体が大きくて、走るのもクラスで早い方です(女の子の中では)。1年も2年のときもリレーの選手になりました。同じクラスのお友達で、体が小さくて、走るのもあまり好きではない子がいます。2人はとても仲がいいです。駆けっこのとき、4人ずつが走りました。娘は4人のうち3番になりました。本人は少し悔しそうな顔をしました。走るのが好きではない先お話したお友達が自分のグループで2位になりました。親も私もその子を褒めました!本人も嬉しそうでした。そこでうちの娘が「でも、Aちゃんのグループは走るのが遅い子達ばかりでした」と言ってしまいました。私もびっくりして、その場では軽く注意しましたが、いったん流しました。家に帰ったら、それについてゆっくり話しました。本人はいじわるするつもりで言ったわけでないのですが、結果的にはとてもいじわるい発言でした。家では私が怒って話したわけではなく、何故あいう発言をしてはいけないなどのようなことを話しているうち、娘がおお泣きしてとても反省をしていました。(その前の空手の試合に娘が同じような経験をしていました、組手が苦手な娘が2位になりました。稽古ではいつも自分より強い子と練習することが多く、自信を無くしていましたが、試合では同じレベルの子供達と試合をして勝つ事ができました)

同じクラスでは体の大きい子と体の小さい子、走るのが速い子と遅い子、算数が得意子と不得意子、絵が上手な子で苦手な子などさまざまな子供がいます。みんながそれぞれ違うが人間としての価値は同じです。運動会の駆けっこでグループを作る時は当然似たようなレベルの子供が一緒のグループになって競争をします。それが当たり前です。娘が友達の結果に対して喜んでくれると思っていたが、結局あいう感じの発言をしてしまったことに対して、私もショックでした。やはり、親がもっともっといろいろな事を教えていかなければならないと痛感しました。それから、娘とはなるべく多くの話をするようにしています。学校の勉強の話はあまりしませんが、学校でだれと遊んで、どういうことがあったなどの話をするようにします。

娘もとても反省はしていますし、この間、別の話をしている時、娘の方から「私もあの時あいうことを言ってしまったけど、もう2度とそういうことは言わない」と自分から言いました。これからまだ友達を傷つけるようなこともあるでしょうし、傷つけられることもあると思いますが、私達親が先生や学校を攻める前にまずは自分の子供にしっかり人の心を教えていかなければならないと思います。

2006年10月20日(金)
道徳の公開授業、、お父さん達はどこ??

昨日はある小学校の道徳公開事業に呼ばれて出かけまた。

娘以外の小学校に入るのが始めてでしたの、少し楽しみでした。今回の5,6年生のテーマは外国とのかかわり「あんたは、あなたの子度は外国人と仲よくしていますか?」という感じのテーマでした。最初は各クラスの授業を回って、授業を見ていました。
それが終わったら御父兄との分科会が予定されていて、意見交換が行われました。

最近ほとんどの市長、学校などが多文化共生などに力を入れるようになっています。それはとても良いことだと思いますが、多くの場合は皆さんが難しく考えていると思います。また、日本の場合は「外国」と言ったらほとんどの人がアメリカを意識してしまうことも多いです。

昨日、私がお母さん達(残念ながら昼間でしたので、お母さん達しかいませんでした)にお話したのは、子供達には日本以外に地球にいろいろな国があります。それぞれの国の文化、宗教や言葉が違っています。英語が母国語という国もいくつかはありますがそうでない国が多いです。しかし、地球の皆と話をするためには英語という共通語があります、それを完璧に覚える必要はないですが、英語を覚えることによっていろいろな国の人とコミュニケーションをとることができます。また、英語を勉強する以前に、地球には日本とアメリカという二つの国だけではなく、ヨーロッパ、アジア、中近東など皆の文化はそれぞれ違います。それを家庭の中でも学校でもしっかりと子供達に教えて行くべきです。

また、外国の文化を学ぶ前に、日本の文化だ!あるいは英語を勉強する前に、日本語だ!という人もいますが、ものごとは完全に準備ができてからやるのではなく、同時進行をやっていかないとだめだと私が思っています。他の国の文化を学ぶと自分の国の文化にも興味を持つようになりますし、外国語を勉強すると自分の言葉にも興味を持つようになります。また、子供が成人したら、とにかく”追い出すこと”、、できたら海外へ、、他の国の生活を見ると初めて自分の国の良いところや悪いところが見えてきます。
親も子も怖がらないで、とにかく好奇心を持って出て行くことです。そうすると今、議論になっている英語教育問題は自然と解決して行きます。

準備がすべて整いてから行動を取る人はいつまで立っても成功しないでしょうし、進まないと思います。人間は人とかかわって成長します。

お母さん達もさまざまなお話をしてくれて、とても楽しい時間でした。校長先生や他の先生もとても熱心で、子供達も良い環境におかれていると思います。

娘の学校の道徳公開授業は来週にありますが、、、またお母さん達しか来ないのかな(うちも含めて(笑)?と残念に思っています。

2006年10月19日(木)
強い子供をそだてよう!

またいじめ問題が議論されていますね、、自殺した子供までもでました。本当に悲しいことです。

学校や先生の責任が問われていますし、先生までいじめに参加されたという話ですが、確かに学校にも問題はあるでしょうけれども、家庭や社会全体にも大きいな問題はあると思います。

以前にも書いたことがありますが、いじめは残念ながらなくなることはあり得ません。もちろん、いじめを無くして行くための努力や運動が必要ですし、子供達にいじめるということはどういうことなども教えて行く必要があります。

しかし、今の人間(日本人だけではなく、スウェーデンや他の国でも同じです)がドンドン精神的に弱くなって行くのがいじめ問題の大きいな原因だと思います。いじめる人も弱いし、いじめられる人も弱いです。やはり、親としての大きいな役割は強い子を育てることだと思います。

大人の社会にはうつ病などのような精神的なストレスから来ている病気が増えていますが、結局大人も弱くなっていきます。そういう大人が強い子供を育てて行くのが難しいでしょう。強い子供を育てるためには自立した子度を育たなければならないと私が思っています。自立した子供を育てるためには、勉強ばかりではだめです。学校の勉強も大事ですが、それ以外にやるべきことがいっぱいあります。このブログにもうるさいぐらいに何回も書いていますが、子供達には遊びが必要です!でも遊ぶ時間が大人から取り上げられてしまっています。遊びながらお互いをからかう、喧嘩して、仲直りして、、、遊びながら、いろいろな人と付き合って、みんなは同じではないということを学ぶ、、、、

うちの道場で10月14日、15日合宿がありました(http://www.shinkyokushinkai-tokyonishi.com)名の参加者で、半分以上は子供でした。一番小さい参加者が5歳でした。親から離れて、二日間の厳しくて楽しい合宿でした、、怒られて、泣いて、遊んで、笑って、ご飯を残さずに食べて、お互いを助け合ってなど皆にとってとてもいい勉強になったと思います。この合宿で学ぶことは学校でも家庭でも学ぶことはできません。とても貴重な体験だと思います。しかし、親が学年が上がって行くと勉強ばかりを意識し、子供の精神的な成長を忘れて行ってしまうような気がします。

学校を攻める前にまず私達親が自分の事を見直さないといけないのではないでしょうか。そして「友達がいなくても平気だよ!」と思っているぐらい、強い子供を育たなければなりません。そういう子をいじめるのが面白くないし、それだけ自立している子供でしたら、友達がいなくなるということもないでしょう。そして、いろいろな人とかかわる機会をいっぱい作ってあげるべきです。

2006年10月17日(火)
子供達の遊び方

小学校2年生の娘が今まで仲の良いお友達で2人だけで遊ぶことが多かったですが、最近男の子と女の子、5,6人のグループで遊ぶことが多くなりました。

「何して遊んだの?」と聞くと「A君とBちゃんはDSを持っているから二人がずっとゲームをやっていたから、私達は外へ行って遊んだ」、、、

ゲームを一緒にやるというのが「一緒に遊ぶ」ということにはならないと私が思っています、、、うちはゲームをまだ子供達に買ってあげていませんが、いずれは買ってあげてもいいかなとも思っていましたが、このような話を聞くと疑問を持ってしまいます。

ゲームは一人でいるときやるべきだと思いますし、小学生は自分の頭を使って遊ばなければ生らない時期なのに、ずっとゲームばかりをやるとこの先はどうなるのかと思ってしまいます。

ゲームをするのが必ず悪いとは思えませんが、ゲームをする前に、自分の頭を使って遊ぶべきですし、このように友達で集まって遊ぶ時はゲームをするべきではないです。小学校2年生ぐらいの子供でしたら、親も外へ行く時はゲームを持たさないようにするとか、友達が遊びに来た時はゲームをさせないなど、いろいろと工夫もできると思いますが、、、

娘の小学校の理念の一つは「自分で考える子を育つ」ということですが、学校がどんなに努力をしていても、親は子供にゲームばかりをやらせていると「考える子」は絶対に育たないと思います、、、、

この間ご紹介させていただいたアイデアブックには子供の自由な発想や素晴らしい考えがいっぱい紹介されていますが、ゲーム時代の子供達にはこのような子供らしく、素敵な考え方や発想が消えて行くのでは
、と思ってしまいます。

2006年10月12日(木)
素敵な本!ノーベル授賞式の晩餐会
とても素敵な本がスウェーデンからお届けできます!
ノーベル授賞式の晩餐会を写真やレシピーという形で紹介する本です。レシピーは実際に晩餐会で食べられたスウェーデン料理で、家庭で作れるようになっています。料理だけではなく、晩餐会からの写真、アルフレッド・ノーベルについても書かれています。すばらしい写真がいっぱいです!

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2006年10月4日(水)
でっかく考える

以前ご紹介しましたアイデアブックの第2冊が出版されました!この本は普通の本屋でも販売していますし、小さくて、薄い本ですから携帯しやすいです。しかし、内容的にはとても多く深い本です!是非読んでみてください!

ひとつのお話をご紹介させていただきたいと思います:

でっかく考える、考える力は無限

5歳のグスタフがとても独創的なアイデアを思いついたとき、グスタフのおばあちゃんは、「すごいねえ。どこからそんなことを思いついたの?」と聞きました。
(頭から15センチほど斜め上に指を向けて)グスタフはこう答えました。
「僕の脳は大きいから、考えことが頭の中におさまりきらないんだ。だからそれはこのへんから思いついたんだよ」


子供は普段、大人より実に多くのことを考えています。考えていないことを突発的に口に出したりはしません。寄抜なアイデアを耳にしたときは、なぜ?と聞いてみるとよいでしょう。発送連鎖の一部に触れてみるだけでも、大人にとっては大きいなヒントとなります。私達が子供のアイデアを理解できないのは、その考え方が”間違っている”のではなく、ついていけないだけなのか藻知れないのです。
考え事をするとき、多くの子供は右斜め上(あるいは左斜め上)を見上げています。ある子供によると、それは「悩みその鏡をのぞく」ためだそうです。私たちも悩みその鏡をのぞいて、でっかく考えてみましょう。私達の脳は、グスタフの示す通り無限です。


2006年10月3日(火)
苦手なものに挑戦する

最近忙しくてブログの更新が遅れています、、、、

昨日はうちの支部の交流試合でした(参加者150名ぐらい)。娘2人が初めて組手の試合に参加しました。特に長女は組手が嫌いで試合なんか絶対出たくない!とずっと言っていましたが、一回ぐらいは組手の試合というものを経験するのもいいと思って、参加させました。

無理に参加させるのはよくないと思っている方もいると思いますが、長女の場合は、無理に参加させなければ、ずっと参加しなかったでしょう。また、このような交流試合から得るものが多いのに、参加しないままだと逆に損すると思います。交流試合というのは勝ち負けというより稽古の一環として考えていますから、なるべく長女みたいに組手が怖い、試合に出たくない道場生に参加して欲しいです。

試合の前の日、長女が寝れなくて、鼻が詰まっていたり、お腹が痛くなったりして、、、本人は何も言わなかったのですが、かなり緊張していたと思います。朝起きたら、トイレばかり行っていて、お腹が痛かったみたいです、、私も同情しないタイプなので、「大丈夫だよ!すぐよくなるよ!、何か楽しいことを考えればすぐ元気になるよ!」と本人にとって全く励ましにはならなかったと思います。

そして、出かける10分前に長女が突然台所の床に嘔吐しました!!私が無理やり食べさせた朝ごはんが全部出ました!!もちろん、緊張から来るものだと私もわかっていたから、そのまま片付けて、会場へ出かけました。

長女は2年生で小学1,2年生の部で出場しました。次女もかなり緊張していましたが、長女ほどではなかったようです(2人は全く違うタイプです、かなり楽しみにしていたようにも見えました。次女が幼年部に出場しました。

会場に着いたら、私も夫も子供達に構っていられないし、他の親のように試合の応援も出来ません。(準備そして試合が始まったら審判、試合進行などなど)。

長女は体が大きいということもありますが、本人は緊張の気持ちを抑えて、一生懸命戦い、そして勝ち上がることができました。1回戦勝ったときの嬉しい顔がとても印象に残っています、、あれだけ自信がなく、緊張していた娘が突然に自信を取り戻すことができました、とても良い顔をしました。結果は1,2年生の部で2位でした。終わったら本人がとても喜んでいて、朝のパニック状態がどこかへ飛んでしまった。今回は結局結果を出せることが出来たというより、彼女が嫌いで苦手な組手の試合に出て得るものがいっぱいあったと思います。決勝戦では泣きながら頑張っていたが負けました、それもとてもいい勉強になったと思います。泣いてもあきらめない、最後までやり遂げる、、

当然うちの娘だけではなく、他の参加者にとってもさまざまな勉強になったと思います。子供のころから苦手なものに挑戦するのも大事だと思います。大人になるまでいやなことを避けて行くとその壁がどんどん高くなってしまいます。娘には「来年の交流試合も出ようね!」と言ったらいやな顔はしませんでした。

帰りの車では笑顔いっぱいの娘でした。(次女は幼年女子部で優勝しました、、、参加者が4名しかいなかったですが、、、幼年部の4名は全員トロフィーをもらったので、皆がとても嬉しそうでした)。

多くの子供が泣きながら試合をして、勝って嬉しかった、負けて悔しかった、さまざまな感情と気持ちが会場に広がっていたと思いますが、参加者全員にとってとても良い勉強になったと思います!

春には型の交流試合を頑張って欲しいです!